けんの独り言

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熊本地震〜避難〜
2018/01/05

 平成28年4月16日(土)未明。空が白み始めるとマンションの住人や近隣の住人が、屋外に姿を見せ始めた。

 住民は皆、あれ以来一睡もしていないのであろう、疲れと不安て怯えた顔をしている。

 繰り返しやって来る余震。もっと強い揺れが来たら住処が倒壊し、圧し潰されるかも知れない。
 それでも、住み慣れた自宅に留まるのが良いのか、不自由ながらも身の安全のため避難生活をするが良いのか。

 多くの人がそうするように、私たちも取りあえずは家を出て、移動の足にもなる「車」の中に避難して、住処の状況を見守ることにした。

 

 自宅マンションに隣接して、福岡市に拠点を置くスーパー「マルキョウ熊本店」がある。売り場は広く、駐車場も広大だ。

 「この駐車場を避難場所に」と、地震直後から近隣の方々が次々と車で非難して来ている。

 店の敷地に被害は見受けられないものの、店舗は出入口のシャッターが大きく折れ曲がり、サッシ扉が外れ散乱している。隙間から見える店内は殆どの商品が棚から落ちている。天井にあったガラス製の防煙垂壁は、割れ落ち商品の上に降り注いだようだ。

 

 結果的にマルキョウは、自らも大きな被害に遭いながらも、地震直後から地域住民のために駐車場を避難場所として提供したばかりか、町中が停電・断水の間、自前の井戸と自家発電でいつでも利用できる水洗トイレを開放してくれた。

 朝はトイレを使用した後、洗面台で洗顔・ヒゲ剃り・体拭きと身支度を済ませていたし、皆もそうしていた。使い終わった後は次の人が気持ち良く使えるよう、飛び散った水滴を雑巾で掃除する。

 その作業を従業員の方に見られ「ありがとうございます。」と言葉を掛けられたことがある。
 私は感謝の気持ちをこめて深々と頭を下げ「いえいえ、こちらこそ使わせていただいて有難うございます。」と答えた。

 

 さて、1台の車に夫婦二人と猫5匹。私は一晩だけ車中泊をしたものの、月曜日から仕事だ。「一人で避難所に行け」という家族の提案に不承不承頷くしかなかった。

 元々、私は車中泊や非難所生活をする気など毛頭無かった。住み慣れた家だし、ガスや水道が無くても、足を伸ばして誰にも気兼ねなく寝るだけならそれで十分だった。だから、家に帰って眠りたかった。

 でも、家族は許してくれない。「もっと強い揺れが来たら」「体に傷を負うような事態になったら」

 4月17日(日)私は最寄の避難所である西原中学校にいた。体育館は既に多数の人がマットを敷いて寝床を確保している。溢れた避難者は校舎の廊下に1階から順にテリトリーを確保していた。私は避難が遅れたので3階の廊下だった。

 持参したキャンピングマットと寝袋で寝る。この避難所では、少なからず食糧や飲料水が配布された。
 避難者の整理統合で、二晩もするとねぐらは体育館に移動となった。広い体育館に200名ほどが雑魚寝。就寝・消灯時刻などもあるにはあるが守られはしない。また、仮に夜中の三時に地震があれば、それで目を覚ますしその後は、恐怖と話し声などの雑音で眠れたものではない。

 いつまでこんな生活が続くのだろう。先が思いやられる。

 







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