けんの独り言

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熊本地震〜前震〜
2016/06/16

 私は、60数年生きて来て、「前震」「本震」などという言葉は、この件で初めて知ることになった。

 その一つ目「前震」は、平成28年4月14日(木)午後9時26分にやって来た。

 

 当日は、ひいき球団のナイターも無かったので、風呂と晩酌を終えダイニングでカミさんとテーブルに差し向かいで他愛もない話をしていた。

 突然、「ドン!」という音と突き上げるような振動!

 部屋全体が不気味な音を立てて、大きく揺れる。

 五匹の猫は、最初の音に驚き一目散にどこかへ逃げた。

 テーブルが激しく動き、私を突く。

 私はカミさんに「押すな!」と怒鳴る。カミさん必死に「押してないよ!」と答える。

 食器棚の扉が開き、中身が破壊音と共に辺りに散らばる。

 二人のスマホが、けたたましく「ビー、ビー、地震です!」と鳴る。

 このまま建物の下敷きになり、死んでしまうのでは?という不安がよぎる。

 立って歩けるような揺れではないが、「動くな!!」とカミさんに怒鳴る。

 

 10秒程かはたまた1分か?長い揺れだったことに間違いはない。

 ようやくそれも治まり、お互いの無事を確認する。

 床には破片が散乱、私は裸足だから下手に動けない。カミさんが踵付きのサンダルを持って来てくれた。

 食器棚・サイドボードや大型テレビは、息子が倒壊防止の対策を講じていたため倒れてはいない。

 家具類の上に積んでいたものは、大方落ちて辺りに散乱している。本棚は倒れてはいないものの、中身が床に散乱している。

 4階のベランダから見る街の様子は、停電もなくそれほど普段と変わった様子はない。

 テレビを付けると「熊本で大規模な地震が発生した。引き続き警戒するよう。」繰り返し放送している。

 余震が続く。とりあえずはテレビに見入る。「明日からどうする」という話になる。

 福岡で暮らす息子から電話。「無事でケガも無い。」旨伝える。「とりあえず、明日帰ってくる。」という。

 大変に有り難いことである。後片付けに大きな人手が出来た。私は明日、急には休めないので、取りあえず職場の様子を見に行くことにした。

 その日は、リビングのソファで眠れぬ夜を過ごした。

 

 今にして思えば、この時に無理を言って仕事を休めば良かった。
 20年近く現場の業務運行責任者だった自負なんてものは、早々に捨ててしまえば良かった。職場に私一人が居なくても、代わりを探す手間はあるものの誰も困らないのだから。
 休めば私の体もそうそう傷まないし、家族のためにもなるし、休むことに踏ん切りが付けられれば、この後にやって来る幾多の苦痛も回避することが出来たのにと、今頃言っても「後の祭り」。

 

 同15日(金)。早朝から職場へ。出勤途中の街も普段と変わった様子はない。職場でも、電気や水は通っている。エレベーターも動く。大したことはないようだ。仕事は早めに切り上げて、帰路へ。

 朝から息子が帰って来て、片付けと余震対策をしてくれていた。

 飛散を免れた食器類はタオル類のクッションで保護し、揺れて扉が開かないよう取っ手を縛り付けている。

 いつ断水するか分からないので、今の内にとバスタブには水が満たされ、家具類のズレも修復されていた。

 我が家では万一の停電に備えて、ラジオ・乾電池に非常灯の備蓄はあるので、漏れがないかチェックも怠りが無かった。

 自慢する訳ではないが、親父に文句も言わずやってくれる、良く出来た息子だ。

 

 「この程度で済んで、良かった。明日は土曜日で休みだから、続きは明日」と皆で夕食を摂った。

 猫達はベッドの下か、押入れの布団の奥にでも隠れているのだろう。昨日から誰も出て来ていないという。

 それもそのはずだ。あの大揺れの後、震度3程度の余震は続いており、その度にスマホが大きな音を立てているので、用心深い・臆病な猫達には地獄に等しい責め苦に違いない。

 

 さて、明日もあるし夜も更けて来たので、そろそろ寝ようと息子は自室へ。

 そろそろ私達も寝ようかとしていたときに、二つ目がやって来た。







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