けんの独り言

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頂いた絵手紙
2016/02/29

 私の絵手紙文通相手は、その多くが私の絵手紙教室の受講者である。

 今はそうないが、以前は受講者の道具箱を覘くと折角描いた絵手紙が出す当てがなくて、眠っているのを見ることがあった。

 そんな時には、「出すために描き上げた絵手紙。出せば受け取る人は必ず喜んでくれる。だから、描いた絵手紙は必ず出してください。絵手紙をやる人に出せば、すぐに絵手紙で返事が来るかもしれませんよ。」と繰り返しお話しして来た。

 「絵手紙が来たら、絵手紙で返事を」とお話ししているし、自らも実践しているので、ここは力を入れてお話しする。
 で、「どうしても出す当てがないなら、私に出して下さい」と言うこともあった。その結果、「絵手紙文通」が始まったりすることもある。

 そんな訳で、絵手紙のやり取りをする方は優に100名を超え、頂く絵手紙も多い。

 滞りがちではあるが、頂いた絵手紙は差出人ごとに区分し、描かれた日付順に整理して、ファイルに保管するよう努めている。
 いつの日にか、このサイトの「絵手紙文通」のコンテンツに掲載し、それを終えた絵手紙は差出人の方にお返しするためである。

 頂いた絵手紙を個人別に時系列で見ていくと、初心者から段々と絵手紙を覚え、成長していく様が見て取れるのである。
 年を重ねて枚数が増えれば、たった一行の添え書きからもその方の歴史を垣間見ることが出来る。

 これはもう、私が持っているよりも、差出人の方にお返しをして、もう一度感動を味わって頂いた上で、自分自身を振り返ることに使って頂きたい。そうすべきだと思っているところである。


 100名を超える方々と20年もお付き合いをしていれば、お互いの環境に大きな変化もある。

 毎月数枚届いていた絵手紙が、パッタリと途絶えてしまっうことなど、よくあること。

 「絵手紙一枚を何日も描けないことは、基本的にはない。」とは思うのだが、自らの健康を害されて筆が握れなくなることもあるだろう。

 最悪の場合、亡くなられた方もおられる。実際に私の文通相手だった方も、確認が取れるだけで二名の方々が物故者となってしまった。

 そんな方々からいただいた絵手紙は、当然、私が保管しておくよりもご遺族の方に持って頂いて、ご供養をお願いしたいと思った。

 お二人の方には訃報が入ってから2・3か月後にご遺族にお会いして、事情をご説明した上で、仏壇にお供えさせていただいた。


 葉書に描く絵手紙は受取人だけが見るのではない。家族団らんの場では、当然、今日届いた私の絵手紙話題が出ていると思う。文通の通数が多ければ多いほど、その機会も増えるはずだ。

 だから、訃報が入って初めてご遺族の方と電話口でお話しをすると「絵手紙の廣瀬先生ですか!」と言われる。

 お返しする絵手紙は葉書用のホルダに保管し、背表紙も付けている。ご遺族の方に見ていただいてから、仏壇にお供えをお願いするのだ。

 ご遺族の皆さんホルダを手に取って眺めておられるが、「あの人がこれだけのものを描いていたのか!」と目を見張り、一様に驚かれる。
 加えて、私が大切に保管していてくれたことへの深い感謝の言葉をいただくことになる。

 私は文通相手を失った悲しみを再認識するが、その半面ご遺族の方に喜んでいただいて、「お伺いして良かった。」と心から思う次第である。


 ただ、そういう望ましいことばかりでもない。家庭の事情からなのか、描かれたご本人とご遺族が仲違いをしていることもある。せめて、ご消息をと思ったりもするが、遠方故に出掛けることができなかったり、訪問自体を拒否されたりもする。

 数十枚の絵手紙の束を抱えて、ゴミ箱にポイと捨ててしまうことも出来ず、このまま私が保管したままで良いのか途方に暮れる。


 そういう事態を避けるためにも、今差出人の方が元気にしておられる今のうちに、お返しをすることができればなあ、と考えて整理に励んでいる今日この頃である。







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