けんの独り言

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親父への絵手紙
2006/01/22

 ずいぶん昔の話だが、忘れないうちに書いておくことにする。

 2001年の10月末に父が原因不明の病気で入院した。体中が痛くて手を上げることもままならずに、当然ナースコールのボタンも押せない状態だったので、母が毎晩付き添って病室で寝泊りしていた。

 病院の付き添いは、夜中の下の世話もある。夜、ゆっくりと足を伸ばして眠れない。病院に泊まったままでは、母も参ってしまうに違いない。

 私に出来ることと言えば、後々後悔しないためにも、ここでしっかり父を看病しておくことだ。もしかしたら父はこのまま帰らぬ人になってしまうやも知れないのだ。毎週土曜日には必ず帰省して、母に替わって病院に泊まり、父の面倒をみてやること。その他には、遠くに離れていても出来ること。そう、毎日お見舞いの絵手紙を描くことだった。

 前にもここに書いているように、病院に宛てて描く絵手紙は、事務員さんや看護婦さんの手を経て入院患者に届く。また、母は届いた絵手紙を一枚残らず病室の壁に貼っていたので、私の描く絵手紙のことはいつしか病院中に知れ渡っていた。父の見舞いに行くと、看護婦さんから「いつも楽しみにしています」とか「私たちにも慰めになります」と声を掛けられたものだ。

 年も明けて2002年の1月上旬、介護の甲斐あってか父の病状も段々と快方に向かっていた。そんなある日、いつものように病院に行くと、妹が「事務担当の方がみえて、病院のロビーで絵手紙を展示して欲しいと言われた。」とのこと。

 断わる理由もないので承諾した。展示は1月19日から2月4日までの予定だという。今まで病院に宛てて描いている絵手紙が80通はあるので、展示物にはこと欠かない。展示用に額に入れたり、台紙に貼ることは母や妹が買って出てくれたので、私は展示用の出展者あいさつ文を書くことにした。


親父への絵手紙

 病気で当院へ入院中の親父へ熊本から毎日のように絵手紙を送っています。これが励みになってか親父も段々と快方へ向かっているようです。他の患者さんの慰めにでもなればと思い、絵手紙を展示することにしました。
廣瀬 憲嗣 


絵手紙絵手紙

 (注)展示物は、「けんの絵手紙」に掲載している2001年の10月末頃から2002年1月中旬頃までのものです。

絵手紙絵手紙



 絵手紙と一緒に、「感想などお書きください。」とノートを1冊置いた。そのノートには私の絵手紙を見ていただいた方々からの思いがけない言葉が並び、私を感動させた。

 ほんの一部であるが、紹介してみよう。


 素敵な絵手紙に家族の愛を感じました。

 今、入院中です。「あせらず おこらず あきらめず」「ただ いまをいきる」力強いお言葉、とても励みになりました。もう少し頑張ってみます。

 短い文にこめられた大きな愛情。読む私達にも大きな励ましの力となりました。

 患者さんにとって、家族の愛が最大の励みだと、いつも思っています。この絵手紙、そして、家族の皆様の愛を受けてお父様も快方に向かわれているのだと思います。

 新聞で拝見。まだ見れるかなと今日の通院は楽しみでした。このお便りで私も元気が出そうです。

 親子の絆がこんなにも美しいものかと感動いたしました。

 久しぶりに人の優しさというものに出会えました。

 今皆が忘れかけている家族の愛が感じられました。


 「他人を感動させよう」などと思って描いた絵手紙ではない。ただ、入院中の父のことを思い、「早く元気になってください」「病気に負けるな」と描いただけなのだ。

 それが他人をこれほどまでに感動させたのだ。絵手紙には、そんなに大きな、秘められた力が込められているのだ。

 

 ノートの文中にもあるように、この絵手紙展の様子は地元の夕刊紙にも掲載され、私の描いた絵手紙が紙面を飾った。

 お陰さまで父は2月には退院の運びとなった。それ以来、せめて日曜日には父宛ての絵手紙を描こうと思っている。







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