けんの独り言

INDEX

感動、絵手紙
2005/06/19

 私はここで「絵手紙との出会いは感動・ときめきとの出会いだ」と書いた。「絵手紙を貰ったときの感動」とは、絵手紙を貰って「嬉しい」ということである。「嬉しい=感動」だ。

1995/01/01
1995/01/01


 私が初めて本格的な絵手紙を貰ったのは、1995年のこの年賀状だ。私はこの当時、絵手紙の描き方は知ってはいたが、絵手紙が巧く描けず、「年賀状を絵手紙で出そう」などとは、思ってもみなかった。

 当時、私が出したり貰ったりする年賀状と言えば「プリントゴッコ」などで作った自家製印刷の年賀状が多かった。そんな年賀状の中で、ひときわ目立っていたのが、この吉津敬一さんからの絵手紙の年賀状だった。

 「素晴らしい絵手紙の年賀状をいただいた」と感動したのを覚えている。
 土鈴の輪郭と「賀正」などの文字は手書きの原画を使っている。土鈴が大きく描いてあって迫力がある。筆で色が塗ってあり、手作りの良さがある。
 「良く出来ているなぁ。」と感心して、「絵手紙というのはいいもんだなぁ」と貰ってはじめて分ったのだ。

 私はこの数ヶ月後にここに書いているように、絵手紙教室の講師をやることになる。この年賀状のお陰で吉津さんが絵手紙をやっていることを知っていたので、絵手紙を集めるため吉津さんに文通を申し込むのだった。

 吉津さんは私の「絵手紙が欲しい」という我が儘を快く引き受けてくださった。それ以来、10年以上も絵手紙文通が続いている。そのことに私は今、感動している。


1995/03/19
1995/03/19

 この絵手紙は、はじめて貰った巻紙の絵手紙である。絵手紙もあまり貰ったことのない私に、巻紙の絵手紙が届いたのだ。封筒を開けて中を見たとたんに、つい「わーっ」と声を出してしまった。

 当時の私は、単身赴任で家に帰っても誰も待っている訳ではない。この年の年賀状に川柳で「単身はテレビ相手にひとりごと」と書いた記憶がある。テレビ相手に一人寂しく焼酎を煽り、酔った勢いで眠るだけだった。

 そんな中に届いたこの絵手紙。これは文面を読めば分かるとおり、海老原先生から届いた礼状である。私は先生が鹿児島県のご出身だとは知らなかったが、たまたま贈り物が先生にとって懐かしい味だったので、私の予想外に喜んでいただいた。

 先生の「嬉しい」「懐かしい」という感動が、先生に巻紙を手に取らせ、菜の花を描かせたのだ。その感動がこの絵手紙から私に伝わってくる。

 私はこの絵手紙を貰って嬉しかった。「天にも昇らんばかりの」とは、まさにこういうことではないだろうか。つい顔がほころんでしまうのだ。本当に嬉しかった。

 何せ、初めて頂いた巻紙の絵手紙である。私の感動は1日では収まらなかった。家に帰ると毎日、この手紙を封筒から出しては眺めた。毎日、毎日そのたびに感動した。仕事でイヤなことがあっても、この絵手紙を見れば心が癒された。

 この絵手紙は「たった一通の絵手紙が人を喜ばせ、勇気付け、元気を出させることがある」とういうことを証明している。

 先生の感動、私の感動をもっと沢山の人たちに知って欲しいので、この絵手紙のことは教室の受講者の方々には必ず話をすることにしているし、絵手紙を実際に見ていただくことにしている。







次の独り言へ 本頁の先頭へ 前の独り言へ