けんの独り言

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二度目の全快宣言
2005/05/15

 2002年10月16日に「図解、全快宣言!?」したが、まさか、2回目の宣言をする羽目に陥るとは思ってもいなかった。

レントゲン写真1
2005/04/13


 このレントゲン写真の中央上部に2本のスクリュー釘が見える。この釘を入れたのは2004年の4月1日のことだ。

 愛車のSkyWave諸共車に撥ね飛ばされ、地面に叩き付けらた時に、右足を骨折したのだ。その治療のために、右足を切開して2本の釘を入れたのだ。

 80歳を超えたような方は、まれに入れたままのことがあるようだが、入れたものは出すのが普通だろう。担当医は「半年から1年くらいの間に抜きましょう」と言っていた。

 しかし、その「半年後」の2004年の10月。それから6ヵ月後の2005年の3月にかけて、私はとてつもない大仕事を抱えていた。とても、ベットに寝ているどころでは無かった。

 その仕事も一段落して、1週間ベットに寝ていても支障がなくなったのは、明けて2005年の4月のことであった。

 4月13日に入院。お決まりの剃毛(ていもう)、入浴で14日の抜釘(ばってい)手術に備えた。夜9時を過ぎると固形物は口に出来ない。

 14日の手術当日は、朝8時を過ぎると水も飲めなくなる。今回は医師の判断で全身麻酔となったので、一日中何も喰えない。水も飲めないのだ。看護婦は「大丈夫ですよ。ずっと点滴をしていますから。」と気軽に言う。オイ、オイ。「そんな問題じゃねえだろう」。

04/18
2005/04/18


 手術は13時スタートで1時間足らずで無事終わった。しかし、今回は全身麻酔であるので、おぞましい管が尿道に入っている。加えて腕には点滴の針がささっている。おまけに枕を敷くことが出来ないのである。

 寝返りを打つこともできず、水も飲めない、2本の管を入れられた痛みもある。枕がないから、頭に言いようのない重苦しさがある。眠れぬ、長い、長い夜だ。

 1時間おきに様子を見に来る看護婦に、何回も「管をはずせ、水を飲ませろ、枕をくれ」と訴えるが、優しくはぐらかされるだけだった。

 15日午前5時ころ、ようやく解放される。尿道の管が外された。点滴はそのままだが、わずかの水と枕が許された。それから夜明けまでの数時間、死んだように眠ったのだ。

 今回も担当医は抜いた釘をくれた。それを描いたのがこの絵手紙だ。

 四月一三日からの入院で今回は右足くるぶしから取り出した釘二本
 大は四五ミリ 小は四一ミリでした

 前回の釘は銀色っぽかったが、今回は金色っぽく見える。「前回と色が違いますね。」と聞くと、「メーカーも色々ですから。」との返事だった。

 もう、二度と「全快宣言」をしなくて良いように安全運転に心がけ、事故を貰わないように慎重に運転したいものである。







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