けんの独り言

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絵手紙を葉書に描く訳
2002/02/25

 葉書は「閉ざされていない空間」だと意識して書かねばならない。見る気になれば、誰にでも見ることが出来るのだ。例えば、郵便局員は郵便物を料金の不足するものはないか、規定違反はないかと常にチェックしている。

 経験から言わせてもらえば、画仙紙の葉書は官製葉書と重量・質感などが全く違うので、区分の作業中にも、拾い出しては料金が正当かどうか検査しているのである。そこに半分、裏を見たい好奇心があるのは否めない。

 郵便局員は、通信の秘密を守るよう義務付けられているので、通信文は読まないし、ここから秘密のばれる恐れはないが、他のところからばれることもある。

 私は入院中の父に宛てて絵手紙を描いていたが、病院に宛てて描く絵手紙は、事務員さんや看護婦さんの手を経て入院患者に届く。絵手紙に興味のある方は、一度目にすると次も見たいと思うようだ。

 それも、毎日のこととなると、事務員さんや看護婦さんが「今日はまだか?」と待っていたりするらしい。父の見舞いに行くと、看護婦さんから「いつも楽しみにしています」とか「私たちにも慰めになります」と声を掛けられたものだ。(おい、おい。(^^;)

 さて、一般家庭ではどうだろうか。例えば、夫婦共働きで子供が二人の家庭のお父さんに宛てた絵手紙は、ほとんどの場合、こうだろう。

 まず、下の子供が学校から帰って郵便受けを覗く。お父さんに宛てて絵手紙が来ているのを発見する。絵手紙をはじめて見る子供ならば、衝撃的だろう。

 テーブルの上に置いて、上の子が帰って来るのを待つだろう。そして二人で葉書を見ながら、お母さんが仕事から帰って来るのを待ち、お母さんに報告する。

 仮に、この日がお父さんの誕生日で、絵手紙に「お誕生日おめでとう」と書いてあったらどうだろう?
 もしも、家族がお父さんの誕生日を忘れていても、この葉書一枚で思い出すだろうし、お父さんが帰ってくると同時に「誕生日おめでとう」の大合唱でお迎えがあるかも知れないのだ。

 私の描いた絵手紙が、父権復活にささやかでもお役に立ってもらえたら、嬉しい限りであるが・・・。







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