けんの独り言

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絵手紙が良い訳
2001/08/11

 絵手紙教室を受講する方に、必ず見ていただく絵手紙がある。
 それは、今から6年も前の1995年8月23日に描かれた吉津敬一さんからの絵手紙だ。これには、絵手紙にしかない良さが凝縮されている。

 これは、日頃絵手紙をいただくお礼にと、私が吉津さんあてに特産品のミカンを贈った、その礼状だ。



吉津敬一 '95/08/24

 私は封筒を開けてこの絵手紙を見た瞬間、嬉しさに思わず声を上げた。そして、数日前のミカンのお礼だと直感した。

 ひとつずつ見ていくと、まずミカンの絵が目に付く。剥いてあり半分ほど中身が消えているから、多分吉津さんが食べたのだ。
 文面を読むと、「甘酸っぱくて、とてもおいしく頂きました。」と書いてある。やはり、食べていただいたのだ。美味しかったんだな。良かった。

 また、「有難うございました。」とも書いてある。書いていなくても、見ただけで感謝の気持ちは十分に通じるが、贈り主としては一安心。喜んでもらえて嬉しい限りだ。

 それから、「ハウスみかん」「1995.8.23」と書いてある。これは、1995年8月23日にハウスみかんを描きましたという「記録」である。

 8月22日に私がハウスみかんを発送して、翌23日に吉津さんが受け取って食べた後、礼状を描き、24日にポストに入れ、25日に私が受け取ったのだ。そんな諸々のことが、この絵手紙を見ただけで分かる。

 この絵手紙には、私が贈ったミカンを吉津さんが美味しく食べて感謝している事実が「記録」されている。
 しかし、それだけではない。6年経った今でも、教室でこの絵手紙を広げると、これを見た方々から感動の言葉が洩れる。
 なぜ、6年も前の絵手紙で第三者が感動するのか?

 それは、「字が上手、絵が上手。」という次元の話ではない。
 吉津さんが感謝の気持ちを早く私に伝えたかったからなのだ。
 「有難う」「嬉しい」「美味しい」の気持ちが冷めないうちに半紙に向かって描いたから。
 吉津さんが今の気持ちを私に伝えようと、一生懸命にこの絵手紙を描いたから。

 そんなすべての気持ち、つまり「感動」がこの絵手紙にこめられているからなのだ。
 「心の中に感動があり、それを私に伝えたくて、その気持ちが熱い内に、一生懸命描いた」から、感動がこめられたのだ。

 吉津さんの描いた「感動」が、私に伝わり私を6年間も感動させ続けているし、沢山の方達を感動させてきた。この絵手紙は、今まで絵手紙を見たことが無かった方達にまで、絵手紙の良さを一遍に分からせる力を持っている。

 この絵手紙は、これから先もずっと私が絵手紙を語るときの良い「教材」となり、もっと沢山の方達に感動を与え続けるのだ。







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