けんの独り言

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なぜ、私の描いた手紙が私の元に?
2001/03/14

 一般的に「手紙」とは、相手に出すために書くものだ。それならば、なぜ私の書いた手紙が、私の手元にあるのか。

 ここに展示している絵手紙のほとんどは、私の絵手紙の師匠である海老原和子先生、文通相手だった石川健次さん宛てに差し出したものである。
 それに、小池邦夫先生宛てのもの、家族に宛てたものが少しだけ含まれている。

 4年ほど前、まず海老原先生から「私が持つよりも、あなた自身が持っていたほうが良い。」といった理由で返していただいた。
 石川さんからは、その2年ほど後に「個展を開くときにでも、使って。」とのご厚情で私の手元に帰って来た。
 小池先生宛てのものは、日本絵手紙協会が主催していた会員用のコースで、描いて差し出したものが返って来ることが約束されていた。

 家族宛てのものもそうなのだが、差し出した後の自分の絵手紙は、恥ずかしくていけない。
 手紙は普通、手元から無くなることを前提に書く。一旦、出してしまえば二度と自分の目に触れることは無いだろうと、心のどこかで思っている。
 だから、多少のことには目をつぶり、「一生懸命描いたのだからまあいいか。」とポストに投げ入れてしまう。

 そんな訳だから、海老原先生から初めて返していただいた時には、衝撃波が体の中を貫いた。
 「こんな拙いものを臆面も無くよく出したな」と、我ながらその図々しさに顔から火が出る思いだった。その痛手から立ち直るのに数ヶ月を要した。(^^;

 しかし、喉下過ぎれば熱さは忘れてしまうものだ。「紅顔の美少年」が「厚顔のブ中年」に様変わりするのに、そう時間は必要でない。(^^;
 実際に厚かましい中年だから、こうやってインターネットにて公開することにした次第である。







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